児童養護施設の子どもたちとの里山開拓(第5回)

前回9月23日が雨で寮内実施、翌月10月28日こそはと思ったのですが

またあいにくの雨で中止となってしまいました。
だから、延期して設定した11月4日の早朝、雲ひとつない快晴無風の空を見上げたとき、
ついに一年で一番心地よい季節に実施できることに感謝したいくらいな気分になりました。

(子ども7名+引率1名+会員4名参加)

 

実は里山での実施を待ち望んでいた理由がもう一つありました。
それは、児童養護施設の先生と日程調整しました際、
「I君は(大好きな)サッカーより里山に行きたいって言っているんですよ」
という言葉をきいていたからです。

 

サッカーより里山!里山に行ったことのない人には信じられないことかもしれませんが、
子どもたちがお世辞を言うわけありません(と思って真に受けています)
今年1月からはじめて6回目になりますが、

子どもたちの口からこんな言葉が出てくることに驚きと喜びを感じます。

 

本心を言うと、子どもたちを今年1月に里山に初めて招待したとき、
子どもたちがどんな反応をするんだろうと、正直怖いくらいでした。
何しろ震えるほどの寒さの中、何もない里山へ、見たこともない大人が連れて行くのですから。
それにいろいろな事情あって両親とは離れて暮らす子どもたちのこと、

心を開くのは容易なことではありません。
しかも、その子どもたちの反応次第で、これまで何年もややもすると盲目的に取り組んできた
東京里山開拓団活動の存在価値が最も正確にしかも即座に判定されてしまう訳です。

 

しかし心配は杞憂に終わり、初回里山に上った時点から子どもたちは

映画里山っ子たち(桜映画社)の子どもたちのように
素朴で自然で満足感あふれる表情につつまれ、

里山は子どもたちの歓喜と歓声にあふれていました。
 

ただ、それでも目新しいものにあふれたいまどきの都会の子どもたちのことです。
いつか、里山のことなんていつかそのうちに飽きてしまうのではと

心配しながら、回を重ねてきました。
それでも大好きなサッカーより里山へまた行きたいと

言ってくれる子どもたちがいると聞いて本当に嬉しかったのです。
一度里山に参加した子どもは全員が次回も参加したいと言ってくれています。

 

私たちは荒れた里山に特別に魅力的な遊具を作った訳でも、

何か手の込んだイベントを企画したということではありません。
広場や道を作って入れるようにして、展望台やハンモック、

ブランコ、畑、トイレなどを手作りで準備して、
鳥の巣箱やさつまいも栽培、カブトムシ養殖など素朴な手作りの企画を準備して
自然とつながるきっかけを提供しているだけのことです。

 

改めて「里山」という場の力、それは里山は子どもたちをそこに連れて行くだけで
意識、意欲、見方、感情、人間関係、価値観などに想像以上に大きな影響を

与える力を持っていることに感じ入っています。

 

今回のメイン企画のひとつは、9月に製作した鳥の巣箱の設置でした。
前回手作りした鳥の巣箱に穴を開けて紐を通します。
そして脚立に上って、鳥たちが来そうな木の上の方に設置するのです。

 

 

紐を通すのは一苦労で、

また展望台のさらに上に設置する際は5mはあろうかという高さに
設置しました際はさすがに足が震えました。でも満足感はひとしおです。

 

 

今回の鳥の巣箱は子どもたちとともにたった1時間で

完成できるように考えたもの(第5回報告参照)で、
東京里山開拓団の会員で考えたノウハウと胸を張って言えるものですが、
子どもたちに伝えたかったのは、そんなノウハウ自体ではありません。
ましてや子どもたちに何かを教えて先生面することでは決してありません。

 

子どもたちに伝えたかったのは、

鳥たちの家を提供することで生まれる自然とつながる実感です。
自分で作った鳥の巣箱なら、

里山に来る度に気になって鳥が入ってくれたかかどうか確認するでしょう。
もし本当に鳥が入っていたら!
家に帰ってからも風雪厳しい日にはそこに入った鳥の気分になって

家のありがたさ、暖かさを想像できるでしょう。
もし春になって、鳥たちの家族が増えていたら!
それは子どもたちにとっていつか結婚して自分の家族が増えることの擬似体験にもなるでしょう。

 

大切なのは、子どもたち自身が、自分には共感する力や行動する力

があると自ら気づくことなのではと思うのです。
いつも小さな存在にも共感と思いやりを持って接し、

そしてできることを考えて自らすぐ行動に移し、
その結果自体に意義とやりがいを感じる・・・
こういった姿勢は子どもたちが大人になっても持っていてほしい本当に大切なことと考えます。

 

さて、今回のメイン企画の二つ目は広場に隠したハロウィンのお菓子探しです。
別の場所で昼食を取っている間に、

会員がハロウィンらしく飾りつけてお菓子を隠しておいたのです。
袋を手渡して、みんな一斉にスタートしました。
小学生高学年の子達があっというまに10個も20個もお菓子を探し出します。
低学年の子達も一生懸命探すのですが数個くらいとちょっと差が開いてしまいました。

 

それでも終了後、一番たくさんお菓子を拾った子が、ほとんど採れなかった子どもに
「好きなの3個まで持って言っていいよ!」とお兄さん振りを発揮していました。

 

都市社会の中では子どもも大人も、学校でも社会でもしばしば競争にさらされます。
そこでは競争に勝ち抜くことが大切でそ

のノウハウこそが伝える価値のあることのように考えられています。
しかし一言で競争といっても、競争の練習だったり、競争のための競争だったり、

無意味な競争だったりすることが世の中にはあまりにも多い気がします。

 

自然の世界にも競争はあふれています。

それは一見平和に見える里山でも木や草が競って日光を求めたり、
植物や虫や動物たちが知恵を絞って生存競争をしています。

しかし無駄な競争が強いられることはほとんどありません。
それに勝者と敗者の境目も実は不明確で、

一見勝者に見えるものが敗者となったりその逆だったりします。
自然の本質は「共存」にあるといった方が的確なように思います。

 

里山(自然)という場には、何より親、学校、社会が教えてくれなくなって久しい

「生きることの価値や意味」を自分で考えるきっかけが

たくさん隠されているように思うのです。
里山はたくましく生き抜こうとする生命にあふれていて、

そういった生命が実はお互いにうまく支えあっていて
直接関わる人に自ら実感する機会を与えてくれる存在です。

 

子どもたちの反響の大きさを見るにつけ、

これまで親や学校、社会がかなりの労力とお金ををつぎ込んで

それでもできなかったことが
ほんの少しの力で復活した里山がもたらす「奇跡」を

今ここで目にしているように思うのです。
  

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