NPO法人 東京里山開拓団

東京の荒れた山林を児童養護施設の子どもたちとともに開拓し自然の恵みを活用するボランティア団体です

東京の荒れた山林を児童養護施設の子どもたちとともに開拓し自然の恵みを活用するボランティア団体です

東京里山開拓団の目指すところ

東京里山開拓団は、荒れた山林の開拓と自然の恵みの活用を通じて、現代都市社会の抱える課題の克服に貢献します。

環境保全活動として

かつて山林は貴重な収入源や生活資源として多くの人々の暮らしの中で活用されてきました。戦後は、復興需要に応えるために大規模な植林が進み、日本の国土の約3割(約1000万ha)に及びました。かつて里山だったところはアクセスの良さから、いの一番に手が付けられました。ところが1960年代には早くも輸入木材に押されて林業不況、生活様式の変容、都市への人口集中が起こって山林はその価値を失い始め、70・80年代のバブル開発と崩壊以降、借金漬けの林野行政、高齢化・不在地主化、所有放棄、採石場/産廃場化など、山林は荒廃するばかりでその存在すら消滅しつつあります。実際、東京郊外にある私たちの里山の隣の山は、ダイナマイトで爆破され、その土砂は列をなすダンプカーによってオリンピックバブルに沸く東京臨海部に向けて運ばれていきます。現在の荒廃した山林の姿は人間と社会のもつ限りない欲望が翻弄してきたなれの果てといってよいでしょう。

一方、「里山」は生物多様性など豊かな環境や自然と共存する日本文化の象徴として再び注目されつつあります。ただ、一時期はやったビオトープの屍、参加者にいいことをした気分にさせることだけが目的に思えるような自己満足的なCSR活動、国策の自然に優しい太陽光発電パネル設置のために伐採されてしまった山林の残骸なども各地で目にすることができます。里山保全活動にしても単に手を入れさえすれば環境保全になる訳ではありません。すでにそこには荒れたままの山林環境に適応した生物たちがたくましく生き抜いていますし、継続して関わり続けなければ結局は環境をかく乱しただけになってしまいます。

里山保全に関わり始めた私がまず懸念しましたのは、私自身の活動もまた結局は人間と社会の一時的な思いつきと果てしない欲望の対象として山林を翻弄してしまうだけのではないかということでした。「里山整備は環境にいい」というイメージや思い込みに流される前に、まずは浅はかな考えや行動を繰り返してきた自分たち人間の歴史を見つめなければならないとも感じました。どうしたらいいのか迷い考え抜いた末に、私は、自分なりに制約を課して試行錯誤しながら自然と関わることにしました。その関わり方とは、「現地の個別状況をよく観察すること」、「機械やお金の力に頼らず自らの頭と手でできる範囲にとどめること」、「自然の恵みを知恵を絞って無駄なく活用すること」、「外から資材はできるだけ持ち込まないこと」、「自然の再生力を生かし再生産を促すこと」、「自分たちの活動の影響を検証すること」、「必要なら見直しつつ継続して関わり続けること」などです。こうすることによって、自然とその一部でもある人間にとって永続できる環境保全のあり方を今も模索し続けています。

社会福祉活動として

現代都市社会は世界中で爆発的に増える人口を吸収して便利で豊かな生活を実現してきましたが、一方で根深く大きなひずみを生み出すにいたっています。競争社会、スピード社会、持てる者と持たざる者の二極化、利権構造、大量生産・大量消費社会、環境の悪化、情報の氾濫、利己主義の蔓延、つながりの希薄化、精神の疲労・・・こうしたひずみはまず弱い立場の人のところで顕在化しますが、たいていは社会課題の根源には誰も手を触れることなく個人的な問題として処理されていきます。日本は戦後、経済的には豊かな社会を築き上げてきましたが、みんなが本当に心豊かに暮らせる社会が実現しているのかというと大いに疑問を感じざるを得ません。

児童養護施設を取り巻く環境についてみてみると、日本全体で3万人もの児童が親からの虐待や育児放棄、経済的貧困などの理由から児童相談所や家庭裁判所の判断を経て児童養護施設で親から離れて暮らしています。なぜこのような虐待や育児放棄、経済的貧困が起こるのか、なくならないのかと考えていくと、やはり個人的・属人的な理由だけでなく背景にある社会構造的な理由に行きあたり、それがゆえに様々な関係者の改善努力にもかかわらず、状況は悪化の一途をたどっています。

そんな状況に置かれる児童に対して社会はどう関わっていけばよいのでしょうか。いろんな考え方があると思うのですが、一つ言えることは無関心や言いっぱなしでは状況は何も変わらないということです。まずは自分自身でこれまでにないやり方でやれるところから試しにやってみようと思い立ちました。

私たちは今、児童養護施設の子どもたちが荒れた山林を一緒に開拓する体験を通じて、自然や社会、仲間、そして自分自身を再発見しつつ、たくさんの楽しい思い出に包まれたかけがえのない「ふるさと」を自らのチカラで創り出すことに取り組んでいます。これこそ児童福祉の専門家さえ思い描くことすらなかったこと、そして何より家庭から離れて暮らす子どもたちが心から求めていることだからです。さらに先にはこの活動をモデルとして全国各地に放置された山林を舞台として、自然のチカラとボランティアの力を活用することで、たいしたお金もかけずに楽しみながら、これまで誰も描くことさえなかった高い目標を実現する社会福祉の理想形を思い描いているのです。

代表の思い

新任職員向け里山研修にて(2019年5月)

児童養護施設職員との里山研修合宿(2018年12月)

『森の思想』を読んで(2018年9月)

追悼・かこさとし先生へ(2018年5月)

里山という共同幻想(2018年1月)

私たちのツリーハウスの作り方(2017年4月)

里山のチカラ(2016年10月)

里山開拓の意義を再考する(2016年6月)

未経験の壁を越えて(2016年5月)

東京にふるさとをつくろう(2015年12月)  

里山の本当の価値(2015年7月)

子どもたちが教えてくれたこと(2015年2月)

手作りへのこだわり(2015年1月)

10年かけて目指すところ(2014年2月)

児童養護施設との里山開拓・第5回「サッカーより里山」(2012年11月)

児童養護施設との里山開拓準備・第4回「心の中の里山」(2012年9月)

児童養護施設との里山開拓・第3回「大人も子どももなく」(2012年5月)

児童養護施設との里山開拓・第2回「未知の世界の開拓者」(2012年4月)

動物写真から伝えたかったこと(2012年3月)

児童養護施設との里山開拓報告・第1回「何もなかった」(2012年1月)

東京里山開拓団の意義(2011年6月)

開拓団立上げにあたって(2009年4月)

「山稼ぎ」とは(2009年)

「里山開拓」とは(2009年)

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