NPO法人 東京里山開拓団

東京の荒れた山林を児童養護施設の子どもたちとともに開拓し自然の恵みを活用するボランティア団体です

東京の荒れた山林を児童養護施設の子どもたちとともに開拓し自然の恵みを活用するボランティア団体です

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 目指すところ>代表の思い>開拓団立上げにあたって(2009年4月)

東京里山開拓団は、2009年4月よりボランティア団体として活動を開始しました。私は、東京でサラリーマンとして働く傍ら、休日に里山開拓を行うようになって4年目になります。東京・八王子市の郊外にある小さな里山ですが数十年来入る人もなかったので当初は雑木や藪が生い茂って登る道さえよく分からない状況でした。そこで、友人との一杯を楽しみにながら少しずつ広場や道を作りました。そして今はその里山を譲ってもらい地主として関わっています。

ところで里山では今、大変なことが起こっています。植林された山は戦後復興のために大規模に行われたこともあり日本の国土の4分の1に及んでいます。その多くが今、林業不振、後継者不足で手入れされることもなく荒れ放題で放置されています。一部の里山は開発か環境かで揺れています。経済性という尺度だけでは測りきれない里山という存在を社会としてどう扱っていくかが今問われています。

一方で、私は悩みを抱える子どもの相談相手となるボランティア活動に10年ほど関わってきましたが、子どもに大変なことが起こっているのを感じています。キレる子、不登校、児童犯罪の割合は、関係者の努力にもかかわらず年々増える一方です。これは自然と触れ合わずに都会の閉じた空間の中で育ってしまうところに原因の一つがあると考られています。医学的には子どもの脳(前頭前野の機能不全)や体(低体温症)など直接の影響が出ると言われています。

そして大人にとっても、今やうつで通院する人は100万人、通院しない人も含めると600万人に上るという推定があります。これは確実に一世代前の人たちと比べて増加しています。このことも子どもの頃の生育環境に起因していて、都市化によって子どもの生育環境が自然から切り離されてしまったことが原因の一つと考えられています。そうなるともはや、個人個人の問題というより社会自体が抱える問題であるように思えます。

この出口の見えない里山と子どもの二つの問題は、その両者を結ぶことによって一挙両得の解決の糸口が見えるのではないか__と考えました。つまり、荒れ放題の里山を悩みを抱える子どもたちとともに開拓し、子どもたちとともに自然の恵みの新しい活用方法を拡げるのです。そうすることで、子どもや関わる大人は里山から力を得られ、里山も子どもや関わる大人の力で社会的な役割を変えることができるのではと思うのです。

東京里山開拓団の目指す姿として、私が心の拠り所にしているものが2つあります。

一つは、「かこさとしさんからの手紙」です。

絵本作家のかこさとしさんは「かわ」「地球」「海」「宇宙」など科学や社会を分かりやすく子どもに伝える絵本の領域を切り開かれた方ですそして、生涯をかけて伝統的な子どもの遊びを全国を回って集め、子どもの遊びの中にこそ人間としてともに生きていくための工夫があり生きていくために身に付けないといけないことがあることを見出された研究家でもあります。かこさとしさんの絵本作家としての原点は、戦争直後の身寄りのない子どもたちのために行った紙芝居ボランティア活動にあって、私は作品だけでなくその人生観にとてもひかれています。

私が東京里山開拓団の設立に際して相談の手紙を送ると、かこさとしさんからすぐに返事をいただきました。(御歳80を越えるというにもかかわらず!)そこにはよい取り組みなだからということで本活動へのイラスト使用のご了解いただくとともに、小ブタの絵葉書に書かれたこんな素敵な言葉をいただきました。

かこさとし

『よりたくましく、よりすこやかに』

2歳の娘を抱える私には、自分の子どもをどう育てたらいいのだろうと日々考えていましたので、この人生の先達からの言葉はすんなりと私の心に響いてきました。こんな時代にあっては、習い事だのおかしや服やゲームだのすぐに子どもに用意して、子どもを社会にあわせるように育てるのではなく、子ども自身が「よりたくましく、よりすこやかに」育つことを第一としなければならない__という意味を受け取りました。

そしてもう一つ拠り所にしているのは、「山びこ学校」という本です。

これは、戦後の山形のある山村に通う小学生の文章を集めたものです。ここには里山と子どもたちの関わりが実に率直に生き生きと描かれています子ども自身の目を通じて、里山の命の数々との関わりや発見、厳しい世の中を生き抜く苦労や悩みが描かれています。そこに描かれていた里山というのは、今時の人たちが思い描きそうな、「自然の中の遊び場」ではありませんでした。少しでも生活の支えとなればと関わる「生活の糧を得る場」だったのです。子どもたちは親を少しでも手助けしようとして里山に入り、その中で自然と関わる楽しみと自然の恵みを活用する知恵や工夫を得ていたのです。

こうした生活の足しとするために山の自然の恵みをいただくことはかつて『山稼ぎ』と呼ばれていました。今の社会構造や経済情勢では考えられないことと思われる方もいるかもしれませんが、子どもたちが自分たちの手で現代における新しい『山稼ぎ』を行うことで自然の恵みのもらたらす豊かさ、知恵や工夫、そして人々のつながりまで取り戻せるのではと考えるのです。

ここまで書いてきまして、読んでいただいた方のなかには何の変哲もない里山に本当にそんな価値があるのだろうかと思われた方もいるかもしれません。実際、里山にはちょっと行ってみても何にもないのです。汚い所、怖い所、疲れる所と感じられるかもしれません。でも足しげく通って切り開いてみると、段々と心地よい空間に生まれ変わってくることが分かります。その上、自然はいろいろと大切なことを直接関わる人に教えてくれます。

例えば草や木、虫、鳥、動物までたくましく生きる命の数々を発見できます。自然の恵みを自ら手に入れなら大切にしようという気持ちが自然と起きます。生きる力や命の尊さという人間として最も大切なことが、今時の学校や家庭では教えられなくて社会問題にもなっていますが 自然と直接関わることによって、押し付けがましくなく自ずから分かってくるように思えるのです。

東京里山開拓団の活動はまだはじまったばかりです。まず初年度は、私が所有する八王子の小さな里山を舞台に、悩みを抱える子どもの支援団体に提供するところから開始します。願わくば、より多くの里山地主や子ども支援団体の理解と協力を得て、より多くの子どもたちが里山と関わる機会を全国的に作り出すことができたらと思い描いています。

2009年4月 東京里山開拓団 代表 堀崎茂

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