10年かけて目指すところ

 

 

わたしがひとり何十年も誰も入らなかった荒れた八王子の里山に
2006年から通いはじめて7年が過ぎました。

 

 

正直、何をやるにしても試行錯誤の連続で順風満帆ではなかったのですが、
今一度立ち止まって、あと3年、つまり10年かけて
なにを目指そうとしているのか考えてみようと思い立ちました。

 

 

わたしがいま目指していることは、
単に子どもたちに自然の遊び場を提供することではありません。

 

価値なしとして放置されている荒れた里山を
本当に自然とのつながりを必要としている人に対して
自分や社会のあり方を
考える場、気づきの場

として持続できる形で提供することです。

 

 

都市社会はあまりにもたくさんの矛盾と課題を抱えています。
でもわたし自身、これまでほとんど深く考えずに、
たまに考えるときも自分事として行動に移すことなく生きてきた気がします。

 

 

そしてそんな都市社会に寄生しているのに
自分や社会を正当化する理屈を見つけては
無理に自分を納得させてきたような気さえします。

 

 

ところが荒れた里山との出会いがそんな状況を変えてくれました。

 

 

最初は自分の趣味や気晴らし程度に通っていた里山ですが、
関われば関わるほど、自然の奥深さやたくましさ、楽しさを知りました。
そして、都会生活ではあまり意識しなかった私自身と自然のつながり、
社会と自然のつながりも感じざるを得ませんでした。

 

 

それなら、もっとこういった場が役に立ちそうな人にボランティアで提供しようと
児童養護施設の子どもたちへの提供を2012年からはじめました。
都市社会のひずみのなかで特に弱い立場におかれている子どもたちに
よりたくましくより健やかに育ってもらえたらという思いからです。

 

 

この取り組みにはこれまでにのべ100人を超える家庭を失った子どもたちが参加してくれました。
そして、施設の先生から子どもたちが「これまでに見たことのない笑顔」だったと
予想以上の効果を生んでいます。私たちは子どもたちの笑顔や先生からの感想を心の糧としてボランティアで取り組んでいます。

 

 

そしてこれから、児童養護施設の子どもたちとの里山開拓と平行して、
企業の従業員研修の場としてこの里山を提供しようと
準備を進めています。

 

 

これは、参加者に里山の自然資源を生かして子どもたちのために
どんな付加価値が提供できるかチームで考えて取り組んでもらったり、
都会から離れた自然のなかで自分自身や企業、社会のあり方を見つめたりする場を
提供するとともに、一方で活動の成果や研修費の一部をボランティア活動に
生かすという従来にない社会貢献型の研修です。

 

 

今一度振り返ってみて、荒れた里山を自ら開拓する機会が都会の人たちにとってどんな価値があるのか
挙げ出てみると本当にきりがないくらいです。

 

 

・自然環境の価値を誰かの言葉ではなく自分の実感として感じられる場だから
・何度も通うことで自然への愛着をもつことができる場だから
・普段は接点のない人同士が一緒に行動することで同じ目線で立てる場だから
・他人ではなく、自分自身の価値、見方や判断が問われる場だから
・都市で価値ありとされるもの(お金、肩書き・・・)が役に立たない場だから
・自分、自然、社会への気付きにあふれる場だから
・普段が接点のない、たくましく生き抜くたくさんの生命とつながれる場だから
・「環境保護」と「社会福祉」、「企業活動」と「ボランティア」など
 一石二鳥で楽しみながら取り組める場だから
・・・

 

 

これこそ、里山という場のもつチカラなのだと思います。

 

 

繰り返しになりますが、10年かけてわたしの目指しているのは、
価値なしとして放置されている荒れた里山を
本当に自然とのつながりを必要としている多くの人に対して
「自分自身や社会のこれからのあり方を考える場、気づきの場」として
持続できる形で提供することです。

 

 

私たちの活動はすでにセブンイレブン・レジ横の募金箱に寄付いただいた
無数の方々も含め、本当に多くの方々に支えられて成り立っています。

 

 

今後も、そういった様々な方々とのご縁を大切にし、
より効果的な形を試行しながら、
荒れた里山を考える場、気付きの場として
より必要としている多くの人たちに提供できればと思っています。

 


                              2014年2月 東京里山開拓団 代表 堀崎茂



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